町田市社会福祉協議会 ここなび

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2017年06月

「何によって憶(おぼ)えられたいか」

この言葉が書かれた本にはこうあります。
『私が13歳(さい)のとき、先生がクラスのみんなに、「何によって憶えられたいかね」と問いかけた。その問いかけに誰も答えられなかった。すると、先生は「今答えられると聞いたわけではない。でも、50歳になっても答えられなければ、人生を無駄(むだ)に過ごしたことになるよ」と言った。』

有名なタレントやスポーツ選手、政治家となってみんなに覚えてもらおう、という意味ではありません。「どう見られたいか」ではなくて、「自分がどのような存在として記憶(きおく)されたいだろうか」と自分自身の「あり方」を問うものです。
 学校を卒業するとき、会社を退職するとき、人生を終えるときに、「あの人はこういう人だった」と記憶してもらえるとしたら、どのように憶えてもらいたいか? この問いへの答えが大切なのです。
 さらにこう続けています。「運の良い人は、この問いを人生の早い時期に問いかけてもらい、一生を通じて自らに問い続けていくことができる」
 皆(みな)さんは運の良い人に相当しますね。私は、50歳を過ぎてからこの言葉に出会ったので、ちょっと運が悪かったかな。でも、「何によって憶えられたいか」を問いかけてみました。そうすると、自分のやりたかったことが分かり、仕事を変えることになりました。エンジニアから教育の仕事に大変身です。
 しかし、退職した今でもこの問いへの答えが見つかっていません。この問いは、一生、自分自身をなりうる自分としてみるよう、仕向けてくれるのです。