町田市社会福祉協議会 ここなび

2021年09月

「生きづらい。でも、『何か』が待っている」

うらら相談員

ここなびの相談件数は160以上になっています(2021年7月末現在)。
その中で、「自分自身・性格・こころ」の相談コーナーに最も多くの相談をいただいています。リストカットがやめられない、などの深刻な相談もありますが、最近は特に、漠然と人生に疲れた、しんどい、もう死にたい、消えたい、など「生きづらさ」の相談が多くなりました。生きづらく感じるのは大人になってからと思っていましたが、若い人も多くなってきて、とても心配しています。「生きづらい」と一言で言っても人によって千差万別ですね。私たち相談員は一人ひとりの悩みを受け止め、寄り添っていきたいと思っています。

「生きづらさ」の実例として、過酷な体験し、「生きる意味」を教えてくれたヴィクトール・フランクルを紹介したいと思います。ユダヤ人のフランクルは第二次世界大戦で約3年、ナチス強制収容所に収容され、奇跡的な生還を果たしました。フランクルは、著書『夜と霧』で収容所という絶望的な環境の中で希望を失わなかった人たちを描き、「人生はどんな状況でも意味がある」と考え、生きがいを見つけられずに悩む人たちにメッセージを発し続けました。楽しみがない、幸せが得られそうもない、人生に期待できないといった人々に対し、フランクルはコペルニクス的転回を勧めます。どういうことでしょう? フランクルは「あなたが人生の意味は何かと問う前に、人生のほうがあなたに問いを発している。この人生のどこかに、あなたを必要とする「何か」があり、あなたを必要とする「誰か」がいる。そして、その「何か」や「誰か」はあなたに発見されるのを待っている。」

フランクルのメッセージを理解しても、現実離れしている、自分とは状況が違う、やっぱり毎日がつらい、と思うかたもいるかと思います。そう簡単にスッキリしませんね。
確かにフランクルのようにその後の人生で成功をおさめた人は僅かだと思います。しかし、多くの普通の人たちも一度は人生の大きな苦難、絶望感に出会います。その時、決して人生を投げ出すようなことはせず、フランクルのように未来に希望を託し、生きてきました。

私の体験も少しお話ししたいと思います。実は、私は子どもの時はほとんど悩まずに過ごしてきました。しかし、会社に入って中年期に管理職に就いたころ、人間関係で悩み、やる気が起きない時期がありました。「生きづらい」毎日が続き、まさに人生の危機でした。そのような時、元の上司が「新しい仕事をしてみたら」と声をかけてくれました。その時、私はハッと気がつきました。「新しい仕事」が私を待っていたのです。

フランクルは戦後、講演で、自殺を考えている人に向けてこう言いました。「だから、たとえ今がどんなにつらくても、あなたは人生を投げ出す必要はない。あなたが人生を投げ出しさえしなければ、いつの日か、人生に「イエス」と言える日が必ずやってくるから。いや、たとえあなたが人生に「イエス」と言えなくても、「人生」のほうから「イエス」と言って光を差し入れてくるときがいつか必ずやってくるから。」(『それでも人生にイエスと言う』より)